【世界をとらえる:雑感】

2019年、アインシュタイン生誕140周年。

つらつらと考える。

 

アインシュタインが信じたスピノザの神。

アインシュタインが焦がれた世界。

すなわち

人間とは無関係に存在し、

一義的な因果関係が貫く世界。

 

(僭越ながら)

私が10代の頃から焦がれる世界観も

同じだなぁと思う。

 

情緒や心理・感情といった「人間臭さ」と無関係に

美しい理論で記述される世界への憧れ。

 

けれども、

世界はそんな風に存在しているのではないようで

 

というのは、

量子力学の発展によって

観測者たる人間が重要な役割を果たしていることがわかって

 

つまり、

人間がとらえるから世界はこうなのであって

人間がとらえなければ、世界は別の形なのかもしれなくて

 

この世界は、私を通して存在しているのであって

 

私という存在を切り離すことはできない。

 

 

ならば、

私という人間臭さを引き受けて

そのうえでなお、世界の深遠を覗きたいなと思う。

 

「世界は美しい」と焦がれる想いは全く変わらないし

人間も、そんなに悪くないかもしれない。

 

それは、「私が見たい世界」でしかないかもしれないけれど。