【畏敬】

この世界はなにでできているんだろう?

 

紀元前6世紀。

ギリシャのターレス。

全世界は水という「根源物質」からできていると考えた。

万物はひとつの根源物質からつくられている。

 

紀元前5世紀。

ギリシャのレウキッポスとデモクリトス。

物質を細かく分けていくと

それ以上分割できない究極の物質「アトム」があると考えた。

 

ギリシャ哲学の4元素説。

石、水、空気、火。

あらゆる物質はこの4種のアトムの組み合わせである。

 

 

古代ギリシャの賢人たちは

複雑で目まぐるしく変化する自然界の裏に

シンプルで不変の原理があると知っていたのだ。

 

 

2000年の時を経て

19世紀。イギリスのドルトンの原子論。

20世紀。イギリスのラザフォードの原子模型。

 

原子はそれ以上分割できないものではなく

原子核(陽子と中性子)と電子という構造を持っていて

 

100種類以上存在する原子は

すべて

陽子と中性子と電子の組み合わせ。

なんてシンプルで美しい世界。

 

 

でもまだまだ話は終わらなかった。

1964年。

ゲルマンとツヴァイクの「クォークモデル」

 

陽子も中性子も究極の最小単位ではなく

さらに小さな単位「素粒子」があった。

 

そこから発展して

今見つかっている素粒子は17種類。

 

多くないか?

複雑すぎないか?

まだまだ裏があるのでは?

 

1970年。

南部、ニールセン、サスキンドの「ひも理論」

多数ある素粒子の正体は・・・

たったひとつの、「ひも」??  

 

21世紀。

科学の発展はすさまじく

テクノロジーは進化著しく

多くのことがわかってきているのに

 

まだまだ、わからない。

わかったことよりも

わからないことの方が圧倒的に多い。

 

探求すればするほど、謎が出てくる。

人間の命が続く限り、きっと常にそうで

自然の真の本質を知ることは永遠にないだろう。

 

それなのになぜ探求するのか?

 

好奇心は、それ自体に存在理由がある。

世界の深遠を理解しようとすればするほど

畏敬の念が湧き出てきて

 

この畏敬の念が

自分の中に生まれて、存在することが、

とても大切なことに思えて

 

この畏敬の念が

世界が愛しくてたまらない

やさしい気持ちを引き起こす。

 

この世界を慈しみ

生命を謳歌する

 

とっておきの方法。