【確かなもの】

この世界はどうなってるんだろう。

いつも惹きつけられて尽きない興味。

 

たくさんの人が理解に挑んでくれて

その成果を教えてくれて

 

少しこの世界のことを知って驚嘆する。

驚嘆は知識欲の源となりさらに惹きつけられる

このループ。

 

ループの中、何度も常識がひっくり返る。

 

相対性理論が表す空間と時間のこと。

量子論が表すミクロな世界の曖昧さのこと。

 

もっと遡れば

地球が丸いこと、回っていること

原子や分子が存在すること

熱の正体がそれらの運動であること

・・・

 

挙げればきりがない、

びっくりするようなどんでん返し。

 

 

自分が自発的に感じている日常感覚が

すでに先人の思索の影響を受けていること、

 

そして人間の知覚が完全ではないこともふまえて、

 

すべてが疑わしくなる。

全部勘違いで、全部まやかしかもしれない。

 

 

それでふと、

デカルトもこんな感じだったのかな

とか思う。

 

すべてを疑った果てに、

「疑っている自分」がいることは疑いようがない、

と思い至って

 

絶対的なよりどころを発見したときの

驚嘆、興奮、安息感はどれほどのものだったろう。

 

 

近代科学の父とされるデカルトの思考には

遠く及ばないけれど

 

すべてが揺らぐ感覚の中で

私が手繰り寄せるのは、

息子に対する自分の想いだな、なんて思う。

 

自分の知っていることなんてほとんど無に等しくて

何もわからない、何も理解できない

宇宙の真理からほど遠い

という思考迷子になったとき、

 

 

確かだと思えるもの。

 

 

世の中に「絶対」はないし

愛は憎しみに

喜びは悲しみに

表裏一体のなかですべて変化しうるだろうし

 

“方法的懐疑”とゆうものからしたら

こんな個人的な想いは邪道だろうけれど

 

 

それでも

息子がとても大切という、この想いだけは

私にとって

揺らぐことのない絶対的なもので、

 

ものすごい安心感を与えてくれる

 

変わることのない

確かなものだなと、思う。