【言葉と不確定性原理】

言葉にする、ということ。

人類の営み。

 

「言葉になった瞬間に死んでいる」と言った人がいた。

 

くどくどしい説明を重ねるほど

全てが失われていく、という感覚。

 

言葉を喋らない乳児に感じる万能感。

言葉を覚えるほどに凡人になっていくような。

 

 

量子力学的に言うと

観測するまで量子の状態は定まらない。

 

観測した瞬間に位置が決まったなら

その代わり運動量は無限に広がってわからなくなる。

 

 

言葉にした瞬間

定まるものと、まったくわからなくなるもの。

 

言葉にする前には

全ての可能性を秘めているのだとすれば

 

可能性と共役をなすのは必然性?

 

 

全ての可能性を秘めていたものが

言葉にした瞬間に

その他の全ての可能性が失われて

必然性が広がっていく。

 

 

何かを失う気がする、その何かとは、

可能性なのかもしれない。

 

 

自然の本質として

観測することで失われるものがあるならば

 

言葉にすることで失われるものがあるのは

この世界の理なのだろう。

 

 

表現したいものを言語化するには

不確定性原理のもたらす限界がある。

 

だから、言語化しない余白があることで

より伝わるものがある。

 

 

そうすると、一方で、

言語化はものすごいパワーをもっていて

 

明確さが力をもつのは、それこそ必然で

 

「こうしたい」と望むならば

それを明確な言葉にすることで

 

他の全ての可能性が消えて

その一点に必然性を持たせることになって

 

だから、望みは明確な言葉にすれば、叶う。

 

 

言葉とは、かくも不思議なものなり。